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achaの言いたい放題

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103 なんか変だ
  Date: 2002-12-27 (Fri)

  年末だし、混まないうちに銀行の用事を済まそう。24日に思って行ったけど、ATMは長蛇の列。まぁ何台も有るからと並んで数分。私の番がやって来た。
 入金キーを押して、通帳をいれる。処理中ですしばらくお待ち下さい。すると画面が変わって、今まで見たことのないコメントが出てきた。「係員がきます。そのままお待ち下さい。」というので、そのまま待っていた。
 別になんのエラーが起きたわけでもなく、通帳が引っかかったりしたわけではない。出てくる前にそうなったのである。正直な私はそのまま待っていた。ただ立っている私の背中には視線を感じる。あの人何やっているんだろう。と。やっぱりこのまま待っていても何も起こりそうにないので、ウロウロとしていた、初老のフロアー係のおじさんに「これは、いつまで待てばいいんですか。」と問う。
 すると「99を押して下さい。」とムッとしたような声でいうのである。あんた何やってんの。ってみたいな感じで。すると通帳が出てきた。どこにこんな場合は99を押して下さいって書いて有るんですか。と言っても、何も答えず、「カウンターに行ってください。」と言う。私は何が起きたのかわからずにカウンターの前に行く。さっきのおじさんはカウンターの中の人に何かを言っている。
 そして、中の人は何事も無かったように、すぐに私の繰り越した通帳を渡したのである。そこで初めて私の通帳は繰り越しだったのか。とわかる。そして、ATMから出てきた通帳を見ると確かに途中で終わっている。

 なんかおかしいと思うのは、私だけだろうか。世の中はこんな風に変わっていくのだろうか。通帳が繰り越しならば繰り越しで、そのままお待ち下さいじゃなくて、通帳が繰り越されました、カウンターへとか、係員にお知らせ下さい。とかの表示が有っていいものだと思う。
 まぁ、それが出来ないなら出来ないで、あんたは99って、わかっているだろうが私知らないのよ。一言有ってもいいんじゃないの。通帳が繰り越されましたので、新しい通帳をカウンターで受け取って下さいとか。

 本来ならば、ATMでその表示が出たときは、カウンターの内側で繰り越された通帳が勝手に出てきて、係りがそれに気づきATMの前にいるお客に届けるシステムなのだろう。
 しかし、店頭も混んでいる。行員は自分の目の前に有る仕事だけで手が一杯で、勝手に出てきた通帳には気付かなかったんだろう。しかし、そんなシステムならば逆にお客の方がATMの画面を見て、繰り越しになりました。とカウンターに出した方がどんなにスッキリするか。店の人に不満をたれてもその場を逃れたいだけで愛想のいい顔で返事をするだけだ。ほんとうにやる気が有るのかい。この銀行と思ってしまった。なんか変だ。

 振込も有ったのだ。と家の近くまで戻ってきて思い出した。あんな事でちょぃと頭に血が上ってしまったので、忘れてしまったよ。本当ならば、さっきの銀行の隣にその銀行が有ったので、そこで振り込むつもりだったのよ。
 そうだ、あの銀行のATMならば、あったよなぁ。と普段はお付き合いのない銀行のATMへ。ここでも10人ぐらい並んでいた。私の番が来た。振込とキーを押すと、ただいまの時間は現金でのお振り込みは出来ません。と言う。
 その銀行と取引が無い私は通帳もないし、振込カードもない。3時を過ぎるとこういうところのATMでは現金はだめなのか。こういうところとは、スーパーの中のATMである。でも、そんなことはどこかに書いてあったの。と、どこに怒りをぶつけていいものか。振込手数料を節約しようと同行振込にしたのに、結局は本日は完了せず。

 安泰に過ごそう、スローライフでくらそう。些細なことでは腹は立てまい。と思うのだけど、どうも世のかな何かを忘れていませんか。それとも、こんな事にいちいちささくれ立つ私の心が狭いのか。

102 家事のさしすせそのさ
  Date: 2002-12-22 (Sun)

  料理のさしすせそは、砂糖、塩、酢、醤油、味噌。本当にこの順番で入れないと、煮物の味が違いますよね。料理本によっては、材料の表示がこの順番じゃないときが有るんですよね。すると、本に書いてある順番に調味料を入れてしまうと、あらまなんか違うと思うのは私だけでしようか。

 さてさて、家事にもさしすせそが有ったんですね。さは裁縫か。しって何だろう。としばし考えたら躾なんですね。すは炊事。せは洗濯。そは掃除。

 さは裁縫か。あなたの家には裁縫箱有りますか。私は、一応手芸も趣味の一つなのであります。今は、釣りの道具をいれる物を代用しています。仕切が有るので、便利です。
 凝りに凝って、クロス刺繍をしていた頃は可愛い裁縫箱を持っていましたね。あの籐の裁縫箱はどこへ行ったのかしら。

 他にも、お菓子の缶にいろいろとごまごまとした物が入っています。一時はパッチワークもやったので、布も随分と有ります。編み物もやったので、毛糸も有ります。
 でも、ここ5年ぐらいそれらの箱を開けていないし、使っていません。頸椎を悪くしたので、ずーっと下を向いているのもつらいし、肩も凝る。ボタンが取れたり、パジャマのゴムが伸びたりして、そんな時しか裁縫箱のお出でましの機会が無くなってしまった。

 手芸は少しばかり出来るけど、洋裁は全然ダメです。型紙に合わせて布を切っているのに、印に合わせて縫い合わせるとなぜか合わないんですね。印が。どうやってもずれてしまうのですね。センスが無いんですわ。洋裁の。

 しかし、しかし、ですよ。最近は雑巾がスーパーで売られているのですね。学校に持っていく雑巾はスーパーで買うらしい。いくら洋裁が出来ない私でも、ミシンは動かせるし、運針で雑巾縫うこともできる。ミシンを出すのが面倒なのです。しかし、いつの間にか雑巾は買って使う世の中にいつの間にかなっていたんです。

 古くなったタオルはどうなるのだろう。私はタオルは最後は雑巾になる物だと信じていたけど、今のタオルの最後は違うらしい。どうなっているんだろうか。
 そういえば、スカート、スボンの丈詰めます。の看板の下に、ボタンつけ一個20円。と書いてあった。自分でつけるよりお金で済むのなら、その方がいい人もいるのだろう。今は裁縫箱も無い家もあるのだろうか。   <つづく>

101 炒りたて、挽きたて、入れ立て
  Date: 2002-12-06 (Fri)

  おそばは、さんたて。ひきたて、打ちたて、茹でたてを食べると、こりゃ旨い。といいます。珈琲も炒りたて、挽きたて、入れたてのさんたてで飲むとこれが旨い。忘れていた旨さです。
 珈琲豆に、お湯を入れると、豆が膨らんで蒸れた。あははは、これは当たり前何ですが、すっかり忘れていました。この感覚。そして、炒りたての豆はよく膨らむ。

 同じ時期に会社を辞めた人が、珈琲豆の自家製焙煎の店を始めたのです。早速おじゃましてみると、店に入るなり大きな機械。これが豆の焙煎器だという。すごい、こんな大きいもので豆を焙煎するのか。珈琲の青豆も沢山ある。焙煎する前の豆は余りみることが無いので、珍しい。

 奥には試飲コーナー、ちょっといい雰囲気。今週のお薦め珈琲を飲ませてれる。マスターが一杯一杯丁寧にいれてくれる。こんなに美味しい珈琲が100円では申し訳ないような気がする。飲むと美味しいし、目の前にはいろいろな豆が並んでいるので、買わずにはいられなくなった。

 充分に喫茶店としてもやっていけそうな広さなのに、どうして豆屋なの。と聞くと、焙煎器の手入れは大変だという。ガスの焙煎器なので秒単位で炒るらしい。そのあとの手入れに時間が掛かる。と言う。編み目の一目一目の粉かすをきれいにするらしい。
 充分に手入れをして、いつもベストの状態で豆を煎りたい。そのためには、喫茶店にしていると、時間的に無理だという。珈琲が好きで、この商売を考えついたという。何ヶ月か修行ののちの開店。美味しい豆にこだわっているんです。

 何にでも興味が湧いてくる私で有り、珈琲は好きだし、ここでもマスターから根ほり葉ほり聞いてしまった。
珈琲の入れ方
 私も知っていたつもりだったけど、少し違いました。一時珈琲に凝ったので、細口のやかんを持っている私ですが、あのやかんでお湯を沸かすと、ガスコンロで安定しないし、お湯が沸くと飛び散るので困るのよね。と言うと、お湯は普通のやかんで沸かしてから、あの細いやかんに移してから使うという。こうすると温度が丁度よくなるらしい。そのままのやかんでいれる場合も、沸ききる少し前に火から下ろし、1分ぐらいたってからいれるのだという。私は、お湯はチンチンに沸いた熱湯を使うものだ思っていた。

 少しお湯を入れて豆を蒸らす。30秒ですよね。と余計な口を挟むと、そうだね。でも、厳密にはそんな計らなくてもいいんですよ。ほら、プツプツしてきたでしょう。と、豆が一度膨らんできて、所々に穴があいてきた。こうなったら、真ん中に「の」の字をひたすら書く。あら、縁から真ん中に向かって「の」字を書くんじゃないの。と、ままたまた。縁には直接お湯はかけないで真ん中ね。そのうちに、縁にもお湯は張るけどね。と。豆によっては蒸らしが10秒ぐらいでいいのも有るという。そして、いただいた珈琲はえらく美味しかった。

 スーパーで買う豆も、喫茶店で買う豆も、炒ってから時間が随分たっているという。場合によっては何ヶ月も前に焙煎した物かも知れないと。やっぱり時間が勝負だという。挽いてからの時間だけじゃなくて、焙煎してからの時間も大切。それで香りも味も違ってくると言う。
 そうか、豆って膨らむんだよね。二週間ぐらいで使い切るのがよいという。味も変わるし。といわれて思い出したが、我が家の冷蔵庫に有る豆はいつ買ったものだったか。それで、香りも出ないし、蒸らしても膨らまないわけだ。

 開店セールで安くなっていた豆を買い。そして、欲しかった手動の珈琲ミルも手頃な値段だったので買ってしまった。帰宅してから早速豆をゴリゴリと挽いていれてみる。いい香り。豆が膨らむ膨らむ。なんか嬉しくなってしまった。こんな感覚は久しぶりだ。この自家製焙煎豆がいいのだろう。普段は珈琲は進んでは飲まない夫が飲むのである。やっぱり、さんたての珈琲美味しいのだ。

 そして、豆がなくなった。自分でゴリゴリと挽く味を忘れられなくて近くのスーパーに豆を買いに行ったのだが、これはやっぱり失敗だった。挽いたまめに静電気が起きるのです。今までは、ミルの引き出しを開けると、ちゃんとお行儀よく挽かれた豆が鎮座していたのに、この豆はミルの中のあちらこちらに飛び散っている。お転婆さんなのです。たたいても落ちない。お湯を入れても豆が上手く膨らまないのである。やっぱり、炒りたての豆がいいのだ。
 その事を後日マスターに話すと、本来珈琲豆は炒っても、多少の水分が残っているけど、乾燥しきっているんだね。と。

 横浜は京浜急行の金沢文庫駅から徒歩4分くらい。国道16号線を渡り一本裏の道。「珈琲の木」をよろしく。045-787-0698

100 100回になりました。
  Date: 2002-12-03 (Tue)

  今年の2月に公開してから10ヶ月で、この言いたい放題もおかげさまで100回になりました。

 普段感じたこと、見たことの私の感想を書いているのですが、たまに独り相撲かなぁ。と思うときもあるし、こんな考えの人は私だけかなぁ。とかいろいろ考えながら書いていますが、ここに書くことで私の気持ちの整理が出来たり、違った見方が出来たりもしています。

 人間だれでも評論家になれると言いますが、好き放題言えることはいいことだとも思っています。自分のサイトに自分の考えを書いていけることは、自分の考えがどのように変わっていくかと言うこともわかって、自分でもおもしろいです。
 書きたいことが、どんどんとあふれて来るときと、何を見ても何も感じないときもあります。書き続けることは大変ですよね。だったら、もっと簡潔に小さいことを書けばいいと思いながらも、なんだか長くなってしまうのですね。そして、いいや、自己満足。なんて、自分で納得してしまうのです。

 自分自身でも、もっと、過激なことを書くかと思っていましたが、どうも控えめですね。もっとダイレクトに書けばいいと思いながらも、どこかでいい子になっていますね。どのくらいたったら皮がむけるのか自分でも楽しみです。

 こんな私の文章にコメント、反応をいただくと本当に嬉しいです。同感、反感、何言っているのこの人。などいろいろと感想は有ると思いますが、どんな事でも反応いただくと本当に嬉しいです。

 会社を辞めた事で、もっとパソコンに向かう時間が増えるかと思っていましたが、それはそれでいろいろと有りまして、なかなか進みません。そして、毎日会社に行くことで、電車や歩いているとき、そして会社にいるときと、ずいぶん多くの人と接していたのですね。気付きませんでした。辞めたら1日に顔を見る人の数の少ないこと、少ないこと。世間だけは狭くしたくないとは思っているのですが、とにかく外に出ないとダメですね。そして、なぜか、スーパーでの人間ウォッチング時間が多くなっているこのごろです。(^_^;)

 これからも、地道に書き続けますので、よろしくお願いします。


99 断食に行ってきました。
  Date: 2002-12-01 (Sun)

  一週間の断食に行ってきました。断食というと宗教がらみで、飢えと苦しみの世界。と思われている方が多いと思いますが、私が行ったところは、あくまでも療養。「湯治、食事療養、東洋治療」と言う看板です。
 6月にも2泊3日で行ってきて、次回は絶対に一週間でやりたい。一週間でいろいろと経験したい。と思って行ったのです。
近いうちに、ちゃんとページを作りますので、簡単に書きます。
 
 一週間、6泊7日ですが、絶食日は3日間。人間は食べなくてもいいんだなぁ。と実感します。その間は、水分は取って良く、朝は酵素ジュース、夜は澄まし汁です。あとは、生姜湯のパック一袋を三回に分けて飲み、糖分を補給します。
 人によっては断食反応が強くて、苦しむ人もいますが、終わってしまえば、喉元過ぎるなんとかです。断食反応は、頭痛や吐き気などが襲ってきます。すぐに終わる人と、3日間苦しむ人、あげくの果てに発熱。なんて人もいます。私は今回は3日目の朝が気持ち悪かったのですが、4日目の朝は、食べていないのにすごい爽快感です。身体も心も軽い、気分は晴天。って感じでした。

 そして、4日目から回復食が始まります。重湯です。ご飯粒一つない重湯と、具のないみそ汁です。3日掛けて、普通食にしていくのです。断食は食べないことはいくらでも出来るらしいですが、この回復食が重要で効果が変わってくるらしいです。
 断食は痩せるというだけでなく、普段の生活で豊富に身体に流し込んでいる栄養素を断絶することで、身体にショック状態を起こし、今まで働いていなかった所を働かせたり、身体全部を空にすることで、いろいろな効果が出るそうです。頭痛もブドウ糖が脳に運ばれなくなるので、起きるのでしょう。
 私は回復食を食べ出した翌日は、晴天気分からどんより曇りになりました。立ちくらみもすごくて、頭を上下するだけで、クラクラ来ました。胃腸が悪い人は食べ出してから第二の断食反応が出ることが多いそうです。回復食はもっとゆっくりした方がいい人もいるそうです。

 食事は、自然食で添加物などは使わず、味付けもそんなに濃くないのに、舌が、身体が少しの味にも反応するのです。具なしのみそ汁は出汁が利いているので、本当に身体に染み渡るおいしさでした。こんな素朴な物が美味しいと感じるなんて本当に不思議です。
 食事が始まると、素材の味がよくわかり、食べることの愛おしさ、尊さを本当に実感します。食に対する考え方が変わります。あっさり味付けの、油も砂糖もほとんど使っていないこの料理が本当に美味しいのです。だいこん、ジャガイモの味を堪能します。

 滞在中は1時間の東洋治療があり、他には朝の体操、夕方に行われるリラクゼーションはヨガ、楽健法、繰体法など、身体の凝りやゆがみを取る方法などの時間が有ります。そして、最後には食事療養のお話も有ります。これ以外は自由時間です。
 この東洋治療がすこぶる気持ちいいのです。温泉ですから好きな時間に何度でも入れるし、屋上の露天風呂からは大島がよく見えます。同じ目的で来ているせいか、同宿の人たちとは気軽に話すこともでき、知り合った人たちと誘い合って、伊豆高原のハイキングコースを歩いたり、周辺の体験教室を巡ったりと、一週間時間を持て余すことなく過ごせます。

 私も食べる事が大好きで、他人以上に量も食べるし、食べ歩きも大好きでした。今も食べることは好きですが、食の事をいろいろと考え出してからは、本物の味がいかに大切か。いかに美味しいか。誤魔化した味が大きな顔をして世間にはびこっているかがよくわかります。

 食べることが好きだった私が出来るのですから、だれでも出来るような気がするし、一生に一度でいいから、体験してみる価値は有ると思います。私としては、年に一度、身体のリセットをするために行けたらいいな。と思っています。気持ちも身体も爽快なんですよね。不思議です。天気はこんなにどんよりとしているのに。
 今回も確実に胃は小さくなったようです。折角体重も減ったので、腹八分目を目標にしよう。しかし、年末は飲み食いの機会が多いんですよね。(^_^;)

 6月の2泊3日の断食体験記はここです。よろしかったらご覧下さい。
http://www.onsenfan.com/~acha506/myboom/kennkou/danjiki.htm
 

98 あのスタバ赤字
  Date: 2002-11-22 (Fri)

  スタバが赤字になった。何時行っても満席なのに赤字なのか。こんなにいい場所にこれだけの店を出して採算が合うのだろうか。と思っていた私の疑問がこれで解決されました。

 お客さんの回転もよくなさそう。私もあそこに行くと、どうものんびり座っていて、いいような気分になって、座れたらラッキーで、コーヒーなんてとっくの昔になくなっていても、いつまでも話をしたり、本を読んだりするのですね。
 それが出来るんですね。そんな雰囲気なんですね。トランプをやっているアベックを見たことも有ります。他の店だったら、あんまり長くいると、追加オーダーをしたほうがいいね。なんて同席の人と暗黙の了解が有って、自主的になんか追加オーダーするのだけど、それは私だけだろうか。

 スタバに初めて出会ったのは、銀座の一号店で平成9年の夏だったか。私は全然知らなかったが、たまたまアメリカ帰りの友達と歩いていたら。「スタバだ、日本にも出来たんだぁ」と言うので、入ってみたのです。当然、私はあの穴から飲むコーヒーは初体験で飲み方を教えてもらいました。なんか気恥ずかしかったことを覚えています。あのカップに慣れるまでは何回かかかりました。

 次に名前を見たのは、横浜のみなとみらいのクィーンズが出来たときに入っていましたね。それから、2、3年のうちに色々なところで目にするようになり、禁煙の喫茶店ってなかったから、うけたんでしようね。タバコの煙が嫌いな人がこんなにもいたのかと思いましたね。そして、ここ1、2年はすごいですね。上場してからはなおさらですね。年間100店舗の出店だったそうです。それも好立地の場所に。それでも、どこの店もいつでも満席。

 我が家から歩いていけるところにも出来たんですよ。ここも朝早い時間に行かないと一杯。平日でもほぼ満席ですよ。でも、これだけいい場所に出店していたら、どれだけの資金がいるのだろう。と思っていたら、出店コストが経営に大きく影響。21億の黒字予定が、マイナスが約2億と新聞に載っていた。やっぱりすごい。一店舗の出店資金が約7千万だというのもすごい。それも同じ商圏に何店舗も。
 横浜の西口近辺で私が知っているだけでも、5店舗がここ1、2年で出来た。でも、どこもいつも満席。これだけ満席が続き、席待ちのお客さんが列をなしていれば、出店も増やしたい考えはわかるけど、出店コストと人件費は大変な物だと思う。これでもやっていけると判断したのでしょうが、やっぱりの赤字転落でしたね。

 それでも、客離れが始まっていたというので、びっくり。まだ横浜は絶頂期なんだろうか。客離れをくい止めるために、パンなどを発売していたというが、そういう問題じゃないことをやっぱり知らなかったのだろうか。確かに、禁煙だし、長居が出来るからいいけど、私にとっては何度も飲みたいコーヒーの味じゃないのですね。どこかに座りたい、どこかに話をする場所がないか。あっ、スタバが有るね。と行くのだけど、いつも何を飲んでいいのかわからず、悩む。いろいろ飲んでみても、結局ラテになってしまう。私と同じように注文を悩む人は多いようですね。注文をスラスラと出来る人を尊敬してしまう。

 パンと言えば、横浜の西口には9月に、アンデルセンと合体した店が出来ました。アンデルセンのパンとスタバのコーヒーが店でチョイスできるんですね。話の種に入ろうと思ったら、階段下までの長蛇の列。それだけみて止めてしまいました。

 喫茶店の役割って何だろうか。あの店のあのコーヒーが飲みたい。あのマスターの顔が見たい。ということにも価値が有ると思う。しかし、ただ美味しいだけでは昨今は生き残れない。どうしてだろうか。

 やっぱり旨いコーヒーを飲みたい。美味しいだけでは生き残れないのは、値段のせいなのだろうか。でも、スタバのコーヒーはけっして安くない。値下げもしないと言う。安くないから長居の人が多いんだろうか。世の中上手く行かないものである。


97 私が間抜けなの?
  Date: 2002-11-20 (Wed)

  いつも「短気は損気」と窘められる。確かに私は気が短いと思う。勘違い、思い違い、思いこみが強い。ツーと言えばカー。しかし、たまには判断に困りいつまでもぐずぐずと考えているときもあるし、ずいぶん後になってから、ああそうか、そうだったのか。と妙に納得するときも有るのです。
 
 去年の今頃は、秋味のビールを買うつもりで行ったのに、外見がよく似た発泡酒を買ってきてしまった。確かに値段は安かったけど、その外観が秋味にそっくりだったので、思いこんで買ってきた。飲むまでわからなかった。言われて初めて気付くのである。
 こんな事を間違えるのは私だけなのか、それとも、そういうお客さんをねらっているのか。どこからも何の苦情も出ていないようだし、類似商品としてピックアップされている訳じゃなさそうだし。やっぱり、私だけか。(^_^;)

 あと1分しかない。急げーと人混みをかき分けて、ゼイゼイ息を切らして階段を昇り、ホームに着くと電車はいない。あらーと思うと、ここは下りのホーム。向こうの上りホームには扉が閉まったところの電車。あーあ。遅刻だ。
 上下線が同じホームの場合も、飛び乗ると反対方向に進んでいく。あーあ。だから、焦って乗らなきゃ良かったのに。と自己嫌悪。今日は余裕だったのに、これでまたギリギリだ。

 待ちに待って発売日に本屋に行き、有った有ったと目当ての漫画を買ってきた。最近は発売日に買わないと手に入らないことが有るので、この日は逃せないのである。そして、翌日開いてみると、読んだ覚えのある内容。なんと前の号だった。何で、何で。昨日は発売日よね。どうして発売日に前のが並んでいるのよ。確認しないで買った私が間抜けなんでしようか。でも、他に買ってきた同じ発売日の漫画はちゃんと新しい号。
 ここ蔦谷は開店時間が遅いので、あんまり早い時間に行くと本日発売の本が並んでいないことが有るので、それも承知で午後から行ったのよ。そして、もう一冊の方は新しいのに、どうしてこっちは前のなのよ。

 買ったばかりだったら、その雑誌を持っていき、取り替えようと思ったかも知れない。レシートも有るのだし。しかし、昨日買ったものだし、小心者で間抜けな私はどうしても自分が確認しなかったことに、心が引っかかり、店に取り替えに行くことは出来なかった。
 以前にも、同じ事をしたことが有ったのだが、その時は町はずれの小さな店だったので、前の号が売れ残っていたようだ。それからしばらくは買う前には必ず確認をしていたのだが、特に、最近は一日2日遅れるとなかなか手に入らない状況になって来たし、店が店だったので、疑いもなく、まさかそんなことが有るはずはないと思いこんで買ったのでした。

 そして、仕方なくもう一度買いに行ったのです。すると、やっぱりまだ有るじゃない。と思って号数を見ると今週号。表紙の色も雰囲気もよく似ていて、一見しただけでは違いはわからなかった。

 もしかしたら、店員も新しいのを並べたつもりでいたのかも知れない。すると、他にも買ってしまった人が他にもいるんだろうなぁ。レジに並びながら「きのう並んでいた先週号をかってしまったんですけど。」と喉まで出かかりながら、言葉を飲んでしまった、間抜けな私。350円返してくれー。と言ってもよかったのだろうか。やっぱりも買う前にちゃんとページをめくらなければ。(^_^;)


96 出会いの瞬間
  Date: 2002-11-18 (Mon)

  顧客管理の本を読んでいると、真実の瞬間と言う言葉が有ります。 同じように、人生には出会いの瞬間があると思います。今この時に出会ったから、お互いに何かを感じる。同じ方向を見ている、いい影響が受けられそうだ、同じ周波を感じるとでも言うのでしょうか。そんな人との出会いの瞬間があります。
 でも、それはその時だから感じることで、時期がずれていたら出会いの瞬間ではないのですね。その出会いの時は、何らかの信号をキャッチするのではないだろうかと思うのです。

 プロフィルに中学の時に出会った二人の先生からの影響が強かった。と書きましたが、それ以降の私の人生で他にも沢山のいい影響を受けています。いま出会ったから自分にとって良かった。これが一年前でも一年あとでも違うかも知れない。何かに呼び込まれる様に、巡り合わせがあるのですね。出会いの瞬間というのは、お互いに感じるようです。

 人生の中で、影響を受ける人に何人出会うのだろうか。嫌な人のも出会うけど、それはそれで人生の勉強。会社のセミナーの講師だった人との出会いも、私の人生の考え方を変えるものでした。聞く話はおもしろく、自分の今までの人生と重ね合わさる。目から鱗ものだった。「〜ねばならない。」ではなく、「〜であってもいい。」と教えられ、この言葉で私はその時、救われたような気持ちでした。
何事も、ねばにらないと思って行動して、いつも肩に力が入り、肩肘張って仕事をしていました。

 人に仕事を教える辛さや、自分のやっている仕事の事でいろいろと考えが行き詰まっていた時でした。どうやったら人間関係が上手くいくのか。自分が関わっている人と、どうやったら自然体でいけるのかと悩んでいました。自分では普通にしているつもりでも、なにやら嫌みを言われたり、波長が合わない人がいたのですね。それをどうしたものか、自分があの人に好かれて、上手くいくためにはどうしたらいいのか。人に好かれようと思ったら好きになりなさい。なんて宗教めいたことを教えられもしました。しかし、この人間関係というのはどうにもならないのですね。
 
 それが、その講師の口から出た言葉は、万人の人間から好かれる人間はいない。そんな人間は神様だ。好かれようと思うのではなく、好かれてもいいと思う。好かれてやってもいい。と言うぐらいの気持ちで人と接してもいいのではないかという。これまた目から鱗。こんな考えをした人とは、今まで出会ったことがありませんでした。私が人間関係に悩んでいなければ、通り過ぎて行ってしまう言葉だったかも知れない。でも、私の心にはしっかりと残ったのです。

 その後の私の仕事人生は随分と変わったように思う。少し、ほんの少し今までと違った見方をする。ほんの少し角度を変えてみれば、人生が変わることもあるんだ。と確信したのです。

 人間生きている間にいろいろな人に出会う。そして影響を受け、また一歩人間的にも成長できる。出会いの瞬間でこの人と会えて良かった。これからも沢山のいろんな人と出会うことだろう。そして、その出会いをつまでも大切にしたい。


95 気は不思議
  Date: 2002-11-12 (Tue)

  体調がよくないと、気落ちする。すると本当にいい気はどこかへ行ってしまうと言うか、悪い気ばかりが身体につくそうです。確かに体調がよくないと気が落ち込んで、呼吸も小さくなって、背筋も縮こまって、どんどんと悪循環。

 そこで、背筋を伸ばして、腰も伸ばして、丹田(おへその指3本下のお腹の奥の方)を意識して、深呼吸。これだけでも、身体の気が入れ替わると言う。気分も変わってくると言うが、これが気落ちしているときには気付かないのですね。普段から深呼吸。深く大きな呼吸ですね。それをお腹のそこから吐いて吸ってと、気付いたときにやってみるといいそうです。

 私は今月に入ってから、どうもお腹の雰囲気がいつもと違う。気になるのですね。なんだろう。どうしたんだろう。と思っているときは、後ろ向きにしか考えられないのですよね。何もかもが後ろ向き。

 その時には、大きく深呼吸とか、身体を伸ばそうなんて忘れてしまうのですね。ただ、どうしたんだろう、何故なんだろうと、考えてしまう。そして、他の事に身が入らない。
 身体のどこかが痛いのは、何かの信号。しかし、今回の私の信号はどこから出ているのだろうか。と考えていたら、ふと、胃腸の動きにいいのは、腕の上げ下ろしだということを思い出したので、丹田を意識し上半身の力は抜いて、上げ下げをしてみました。何となく、落ち着いたような気がした。やっぱり、人間なんでも「気」なんですよね。病は気からというし。

 気のせい。いい気分。そんな気がする。気が向かない。気がつく。気を入れる。気が知れない。気まずい。気が抜けた。気が滅入る。気がいい。気が短い。気が散る。気をもむ。と思い浮かぶが、この気と気功の気は同じなんだろうか。

 自分の周りには沢山の気があるそうです。空気も気ですかね。両腕を開いて両手で足元から気をすくって頭のてっぺんから取り込むといいらしい。それには地面、ようするに土です。そこから気を受け取るといいと言うが、私の住む所には土が露出している場所がない。地面を探したら、神社の境内や公園だった。
 やっぱり、こんなコンクリートのゲージに入っていると、宇宙からのいいエネルギーはもらえないんだなぁ。とつくづく思う。地面からの気は遠いので、せめてベランダに出て天からの気を取り入れようと、ベランダに出のでした。

94 中学の同窓会
  Date: 2002-11-11 (Mon)

  土曜は、中学の同窓会でした。楽しい時間でした。15才に戻って、話が出きるのですね。世間のしがらみや、嫌な人間関係、など、浮き世の憂さをすべて忘れられる、時間です。
何年逢っていなくても、その空白の時間はすぐに埋めることが出来るのです。不思議ですね。

 7クラス有って、私のクラスは7組。一番端っこのクラスで、中学になると、男女別の授業が有って、普通は隣のクラスと合同で、人数はひとクラス分になるのに、何故か我がクラスは、7組だけなんです。
 体育なんて18人でやるんですよ。バスケットは3チーム出来るから休む時間が有るけど、バレーボールなんて大変です。だから、他のクラスより団結が強かったように思います。

 で、担任の人柄もよかったのか、卒業してからも必ず先生の都合を一番に聞いてからクラス会を開いていました。何回か開いていくうちに、開いていないクラスの人がうらやましがって、行きたいというので、ゲストの参加が増えてきたのです。

 それで、こんな事なら全体のを開いてみようと。我が7組が母体になって、合同同窓会、二期生会を作ったのです。二期生とは、中学の卒業が二期なんですね。新しい学校で、創立が分校だったのですよ。施設もちゃんと揃っていなかったので、先生方の苦労も大変だったようです。
 体育館がなくて、入学式は屋上。生徒集会は砂埃が吹く校庭。卒業式は校庭の予定が、霙だったので教室。校長が卒業証書を持って、各教室を廻ったのです。渡り廊下を歩いてくる校長のモーニングの裾が風に吹かれていたことを何故か覚えています。こんな卒業式はやりたくても出きるものだではない。
 それで、先生方も長い教員生活の中でも、我々の印象は強いようで、私たちの事をよく覚えてくれています。いつも多くの先生方にご出席いただいているのです。幸せなことです。

 それで、何回目かは忘れてしまいましたが、昨日、横須賀プリンスで開催したのですね。2年に1度の開催なんです。そんなに何度もと思うのですが、その度に話は尽きないのです。

 40代半ばというのは、いろいろな意味で忙しいし、働き盛りでもあます。でも、女性の中には子育てから手の放れた人も出てきて、初めての参加。と言うことも出てきました。嬉しいことです。
 今年は行けなくても、再来年がある。一度会えなくても、4年間。もし4年に一度だと8年間会えなくなってしまうのですからね。開催する方は大変かといえば、やり方も慣れているし、2年に1度だと住所捜索もそんなにしなくても大丈夫で思ったより、いいんですね。住所の捜索が一番大変なんですね。

 それに、幹事達がみんなに会えることを楽しみで準備しているので、苦労とは思っていないのです。みんなの楽しい顔が見られれればそれで満足なんですね。その幹事も、16人もいるのです。幹事会事態が同窓会みたいなものですね。

 今回はいつもよりバタバタしましたね。歳を重ねてくるとわがまま度が増してくるのでしょうか。いろいろと振り回されてしまった会ですが、でもやっぱり、みんなに逢えて良かったなぁ。みんなが楽しんでくれてよかったなぁ。と思う私です。

 そして、母体である7組の参加人数は、今回は他のクラスの倍でした。ひとクラスひとテーブルを目標と毎回しているのですが、今回はテーブル2つでした。本当に嬉しいです。珍しい人、初めて参加する人もいたのですが、たぶん、担任に会いたい。という気持ちが大きかったと思います。

 私も担任だった先生の顔を見ることが、楽しみなのです。どんなことが有っても、いつも一番に会場にやってくるのです。それが、今回は受付が始まっても、姿が見えません。どうしたのかな。と思っていたら、他の先生から入院されてしまったことを聞きました。私は全身の力が抜けました。どうして、3週間前に電話で話をしたときは、元気そうだったのに。何があったの。不整脈が有るといっていたので、それでなの。命に別状はないの。まだ死ぬには早い歳よ。なんて思いました。

 7組のメンバーも一同に心配顔です。だれしもが、どんな状態なのかを知りたかった。今は面会謝絶も取れて意識もしっかりしてきてリハビリが始まるようです。ああよかった。他のクラスの倍も集まったことを伝えたら、病気の回復も早いかなぁ。今回はみんなで撮った写真が有るから、それも送ってみよう。と、時間が過ぎていくと、私の気持ちも落ち着いてきました。
 
 2次会の2時間もアッと言う間。20階の会場から景色を見る余裕もなく、話をして廻る。みんなの楽しそうな顔を見ていると、本当にこの会をやってよかったなぁ。次回もひとりでも多くの人が来てくれたらいいなぁ。と。

 そして、私は初めて多くの人に自分がホームページを作っていることを伝えました。名刺を印刷して配ってきました。今までは、どうも気恥ずかしくて、ほとんど極々親しい人にしか教えていなかったのですね。やっぱり、夢を追うために会社も辞めたのだから、どんどんと宣伝をしなければと思ったのでした。

 そして、11時過ぎに、また2年後に逢おうね。と別れたのでした。いつもより寒い夜。みんなは3次会にいったのだろうか。私は終電に乗って帰宅。一次会場では、食べたのに、さすがにこの時間になったらお腹が減った。


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