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achaの言いたい放題
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乾燥してくると、静電気が嫌ですよね。ドアやエレベーターのボタンをさわると「ピシィ、バシィ」と来る。最近はエレベーターのボタンの所に放電用のボタンが付いていたりするので、世の中も進んでいますね。とにかく、冬場はどこに出掛けても不用意にさわれませんでした。
その静電気。ただ嫌なだけじゃなかったんですね。カルシウムを排出してしまうそうです。簡単に言うと静電気が一度起こると、オシッコとなって流れてでしまうらしい。骨粗鬆症にならないためにと、小魚や牛乳を飲んでもどんどん排出されるので有れば大変ですよね。
カルシウムが不足してくると、疲れが蓄積したり、イライラしたり、意欲もなくなる。鉄分の吸収も悪くなります。乾燥すれば静電気は当たり前と、思っていたけど結構怖いんですよね。
静電気が身体に溜まると、気の流れも悪くなり自律神経にも影響が出てくるそうです。血糖値が上がったりと、いろいろと身体には良くないようです。
昔は、綿や絹、純毛という天然繊維で身体を覆っていたし、足元も下駄や草履、靴にしても皮。靴底だって皮でしたよね。だから、静電気は余り起こらず、起きたとしても身体に帯電することなく放電されていたんですね。
合成繊維を着ているから、静電気がよく起きるわけでして、合成繊維を着なければいいのですが、自分の周りを見るとほとんどが合成繊維ですよね。フリースを着たときが凄いですよね。靴下も綿の靴下ってなかなか無いですよね。
着る物だけでなく、絨毯もそうだし、身の回りもプラスティックが多いですよね。起きた静電気はどこへも出ていかないのですね。
そして、合成繊維を着ているとビタミンCも消費されてしまうらしい。イライラしてストレスがたまるとビタミンCは余計に消費するので、静電気でカルシウムを失われ、そしてビタミンCも無くなる。まさか、静電気がビタミンCにまで関わっているとは思ってもいなかったです。
それではどうすればいいのか。下着を天然繊維の物にする。上着も裏地は天然繊維の物にする。再生繊維と言うレーヨン・キュプラ・ポリノジックでもいいらしい。表が綿や絹で、裏地がポリエステルはだめですね。とにかく裏側が天然繊維です。
毛布を干すときにも凄い静電気ですね。ベランダのスリッパがプラスティック系だと余計です。放電する下駄にする。と言っても、マンションのベランダであの音は近所迷惑ですよね。
すのこを置いて、そこを踏んでから出ると放電するそうです。踏む前にサッシュの枠をさわると、ピッシィと来ますよね。
静電気は痛いから嫌ではなく、私のカルシウムを奪うから嫌とも、思って下さい。なるべく静電気が起きないように生活を考えてみましょう。
私は去年までは、「とるわ」とか静電気を放出する物を身体につけていました。今年は肌着は絹か綿にし、着る物はほとんどが綿物を着ています。下半身を暖めているので、セーターは不要なんですね。不思議と静電気は気になりません。
いつもならば、この時期のボーリングでハンドタッチをすると、ビシバシと静電気が起きるのに、今日は起きなかったなぁ。やっぱり着る物で違うのだろうか。
玄米はぼそぼそしていて、食べにくい。固い。消化に悪い。と言われていますよね。確かに炊き方一つで全然違う物が出来ます。
私も先日書いたように、圧力釜に添付されていた説明書通りに1時間水につけてから、玄米を炊いてみました。でも、やすらぎの里で食べたような、もちもちして美味しい状態にはならないのです。そして、固いので夫からもクレームが付きました。二回ほど炊いてみたけど、止めてしまいました。
やすらぎの里で食べる玄米ご飯は凄くおいしいのです。やっぱり玄米にしてみよう。と、玄米の炊き方を教わりました。圧力鍋で炊くにしても一晩は水につけておく。水の量は1.3倍。季節によっては多少のプラマイ。
そして、電気圧力鍋なるものが有ることも知りました。そばに付いていなくても出来るんですね。6月は2泊だったのでここまでの話は聞けなかったのです。あの時電気圧力鍋のことを知っていれば、買ったのになぁ。値段は私が買ったのとは1万円違い。残念だ。と思いながらも、欲しい気持ちも大きくなってくるのです。
家に帰ってから、とにかく炊いてみよう。と1.3倍の水で一晩つけて20分で炊いてみました。蓋を開けたらもちもちした玄米がいました。少し柔らかいかなぁ。と思うけど、それは炊き立てだからですね。炊く時間は圧力鍋によります。やすらぎの里では30分炊くそうです。
食べてみると、やすらぎで食べた玄米とほぼ同じ。もちもちしていながらプチプチ。歯ごたえもある。噛むほど味がある。で、夫に食べさせると、これならばいいというのです。よーし、これで玄米は大丈夫だ。炊けたから、電気圧力鍋は要らないよな。と釘もさされました。
その後、水の量や炊飯時間をいろいろと調整して納得の行く玄米食になってきました。あずきやひよこ豆を一緒に炊いたりと玄米ご飯のバリエーションを楽しんでいます。圧力鍋は鍋でなかなかいいです。買ってよかったなぁ。
発芽玄米は普通の炊飯器でも炊けるのだからと、思い立って1日近く水につけた玄米を炊飯器で炊いてみたのですが、ポロポロで固く、歯ごたえが有りすぎで、噛むのも大変でした。あごがいたくなる。やっぱりだめか。これが昔の人がいう、玄米はポロポロでマズイと言うことがと、納得もしました。
先日テレビで、普通の炊飯器でも水に8時間つけておけば、炊けるとやっていましたが、私にはあれではだめです。固いご飯、軟らかいご飯と好き嫌いも有るからでしょうか。
カレーや卵かけご飯には玄米ご飯がとっても合うとやっていました。それは確かかもしれない。玄米ご飯は食べ飽きるかと思っていましたが、そうではないことを実感しています。
今月のESSEでも、玄米ダイエットできれいに痩せた。と特集をしています。世の中は玄米のブームなんでしょうか。インシュリンダイエットの流れですかね。
ギャバの魅力にも心引かれるので、発芽玄米100%のご飯にも挑戦しようと、自家製発芽玄米をにしています。冬は気温が低くて発芽に時間が掛かるから、嫌になってしまうのですが、なんと、ホットカーペットを利用して作っています。
11月9日に発芽玄米の作り方を書きましたが、トレーに玄米と30度ほどのお湯を入れてラップをかけて空気穴を開ける。ホットカーペットか、電気座布団の上に乗せ、タオルをかぶせておく。これだけで、30度の水温が保てます。一晩中ホットカーペットをつけておくのは、もったいないので、私の所には電気座布団が有るので、それでやっています。2晩で可愛い芽が出てきます。(^_^)
私は便秘です。この便秘を治そうといろいろとトライしてきました。
腹筋運動をせよ。オリゴ糖がよい。粉ミルクがよい。オオバコがよい。ドクダミがよい。ヨーグルトがいい。ヨーグルト菌は宿便をだす。牛乳だ。アロエの刺身だ。野菜を300グラム食べろ。海藻がいい。青汁だ、まずい。カスピ海ヨーグルトだ。といろいろとやって来ました。でも、効くのは最初の2、3回だけです。腸が慣れてしまうのでしょうか。どうも快便にはほど遠い。私の便秘は頑固なのだろうか。
どうしてもだめなときは薬。基本的には漢方系。センナの葉は身体を冷やして子宮によくないとか言われ、値の張るセンナの実も試しました。でも、気持ちよく通じる物は無いんですね。ただ出る。って感じで、スッキリ感は無いのです。下痢状にもなって気分もよくないです。出ればいいってもんじゃないよなぁ。スリミストハーブティとという、お茶も紹介されて飲みました。確かに出ます。効きすぎるくらいにでる。まだ消化しきれない物まで排除って感じで、これは最後の手段だ。と。
私はご飯は食べなくても大丈夫だったのです。麺類、パン類。何日も食べなくてもご飯が恋しくなることは無かったのです。朝食にご飯を食べると胃を重く感じて、中学の頃から朝はパンでした。
それが、ある時、痩せたいのならば、三食ご飯にして、おかずは鍋料理。フライパンで作る油のおかずはだめよ。と教えられ、試しに毎食ご飯にしてみたのです。
調子よくは出ない。出ないけど、出ないなりに前より少しいいんです。何日通じなくても、産みの苦しみは無くなりました。水分が程良い感じ。コロコロでもカチカチでもないのです。考えてみれば、朝をパン食にした中学のころから便秘が始まったのかも知れない。しかし、まだまだ。何もかもまだまだ。私には快便はないのかぁ。
平成14年6月にやすらぎの里で玄米食を勧められたのです。便秘や冷えには玄米がよい。玄米かぁ。発芽玄米は食べていたけど、玄米そのものを食べることは考えていなかった。玄米には農薬が残っているから食べない方がいい。と聞かされていたので、食べようと思ったことは無かったのです。
冷え取り健康法の進藤先生の本を読んでも、玄米を勧めていました。食事療法で病気を克服した人は玄米を勧めているのですね。粗食のすすめの幕内さんもです。身体が出来ていけば毒は排除できる。白米は字のごとく粕です。粕を食べてどうする。白米を食べて他の食品の添加物を取った方がよっぽど体に悪い。食べ物は丸ごと食べて身になる。などといろいろと聞くようになったのです。
しかし、勧められても圧力釜は持っていなかったし、炊飯器もバリバリの現役で玄米炊飯つきのに買い換える状態ではないしなぁ。で、しばらくは白米に発芽玄米を混ぜていたのです。なんの変化もなし。
やっぱり圧力鍋は欲しい。会社を退職したときに、いろいろと餞別もいただきましたので、これで買いました。これで玄米が食べられる。と。しかし、せっかく買った圧力鍋、玄米ご飯が上手く炊けないのです。二回ほどで止めてしまいました。買い求めた玄米は自家製発芽玄米にしました。
そして、再び11月にやすらぎに行ったときの最後の診断で、玄米にしてみて下さい。ご主人が嫌がるのならば、昼だけでもいいですよ。と。
確かに一緒だった人たちは回復食で玄米を食べたら、ほとんどの人がすんなりと通じているのです。同じ便秘で悩んで来ていた人も最後の日には通じた。と喜んでいました。私はもう8食も食べているのに、なんの変化もなし。私は玄米でもだめかも知れない。と思ったて帰ってきました。
玄米を食べ初めて一週間、要するにやすらぎ里から帰ってきて2日目に自然なお通じが有ったのです。こりゃやっぱり試してみる価値がある。鍋もあるし。
玄米食にしてから1カ月。なかなかいい調子です。2、3日に一度が2日に一度。ほぼ毎日。1日なくても、次の日は有り。信号が有ったらすぐにトイレに行く。
量も増えてきて、スッキリ感も増えてきました。変な話今までは下の方だけが通じていた感じだったのが、腸の上の方までも通じた。開通だ。って感じです。
なにをしても3日ぐらいで、元に戻っていたので、初めは本気にはしていなかったのですが、1カ月経っても進行中なのでこれは本物かも知れないと、書く気になりました。
まだまだ順調ではありません。快適感もまだまだだと思っています。他の仲間の話を聞いても、もっと快便の様です。でも、20年以上も悩まされてきたのです、すぐには完全に治らないだろうと思っています。何をやってもだめだったのに、玄米でこれだけ変わるとは想像もしていなかった。こんな快感は数十年ぶりです。玄米様々です。
去年のBSEから、偽装事件、表示違反、添加物問題と、食でいろいろと世間が騒がれました。そして、いろいろな人がこのままの食生活ではまずいと言っています。でも、この人達はいま言い始めたわけでなく、ずいぶん前から言っているのですが、だれも耳を貸さなかったのですね。
そして、いま、本屋に行っても、新聞を見てもこの手の事が増えて来ました。食べるな危険、食民地、和食の基本、和食のすすめ、昔のおかず、おばあちゃんのご飯、週末スローフード生活、食の堕落と日本人。
粗食のすすめが出た頃は、週刊誌では、そんな物を食べていたら栄養失調になる。とか、叩かれていましたが、今ではずいぶんの人が読んでいることでしょう。毎日食べているご飯になにが入っているのか、どうやって作られているのか。食の安全、自分たちがいったいなにを食べさせられていたのかを考えるにはいいことです。
船瀬さんが書いている、食民地も読んで欲しいですね。小麦粉食、牛乳がどうして日本に根付いたのか。なんでご飯を食べなくなったのかがよくわかると思います。日本はアメリカの51番目の州じゃない。と、小泉武夫氏も書いています。
しかし、日本人は、喉元過ぎれば熱さを忘れる。で忘れてしまうんですね。それと、いろいろなことが起こりすぎるから忘れてしまう事もあります。私も最近の事はよく忘れます。昔覚えたことは異様なくらいに覚えているのに。
食が危ない、添加物が身体にいけない。特に脂肪のたっぷりついた身体には添加物は大敵。アレルギーも食べ物よ。考えて子供に食べさせないと。と私も8年ほど前から、事有るごとに友人知人に言ってきました。
確かに体型は外国人並になったけど、どうしてこんなに骨折が多いの。牛乳を飲んだら骨になるって、昔の量と比べたらどれほど飲んでいるの。飲んでいるのにどうして骨折するの。牛乳のタンパク質含有量より、子魚や海藻の方がいいんじゃないの。
フライパン料理より、鍋を使う料理にしようよ。日本人だもの日本の料理を食べようよ。ご飯を食べようよ。雑穀食の日本人に合った物を食べようよ。
日本人の腸は長いらしいから、肉食には向かないらしいよ。何千年も前から食べてきたご飯は身体を考えているのよ。昔の人のご飯を見直そうよ。アトピーだったら、スナック菓子を与えるのは止めようよ。甘いお菓子も止めようよ。
そんなこと無理だよ。だって、子供が好きなんだもの。ひじきなんか食べないわよ。という。好きにしたのはあなたなんだから。ジュースとスナック菓子を食べさせていれば、アレルギーも治らないよ。毎日食べている肉を半分にするだけでも、違うのになぁ。と思う私でした。ひじきを食べないのは学校給食のせいでしょうか。
なんで、こんなにもキレてしまう人が増えたのでしょうか。子供ばかりじゃなくて、大人までも。食べるもので人間は変わっていくのですよ。食べ物は大事です。
こんなにも伝統食をないがしろにしている国は、他にも有るのでしょうか。姪の食べるものなどを見ていても、お新香は食べない、みそ汁は嫌だ。っていう。あんたは日本人だろう。と思ってしまう。
食糧自給率も日本は40%です。先進国でこんなに低いのは日本だけです。食べ物をもっと大事にしないと、日本の将来はどうなるのでしょう。
今食べているものは、どこから来たのが、どこで作られたのか。これを少しだけ考えるだけでも、いろいろと変わってくると思うのです。
ご飯を食べましょう。旬の物を食べましょう。丸ごと物を食べましょう。地元の物を食べましょう。せめて自分の県の物、自分の国の物を食べましょう。ひらがなの物をたべましょうよ。
昨年の秋から、昭和30台がブームそうですが、根本からブームになって欲しいなぁ。表面だけじゃなくて、食べるものも30年に戻れば、身体も健康になるような気がする。
私は冷え性で自分で自分の身体を暖める力が弱いようです。それでも、冷え取り健康法や半身浴で大夫よくなりました。でもまだ、手足は冷えています。
、冬になるとお風呂から出て足が冷めないうちに布団に入らないと足が冷たくて寝られなかった私です。前は、お風呂にはいれないときは布団乾燥機で布団を暖めたりもしました。
足を暖めるために、電気あんかを使ったことが有るのですが、どうも塩梅がよくない。夜中に足元が熱くなって、その熱さが蒸れてくるような熱さでなんか気持ち悪かったのですね。だから、それを考えると電気毛布は使う気にはなれなかったのです。一番いいのは、寝しなにお風呂に入って身体が冷めないうちに寝る。そう信じていました。
冷え性はのぼせ症でも有るので、電気あんかはいれなくても夜中になると妙に足が熱くなって布団から足を出すほどでした。手足が熱くなるのは、身体のどこかが冷えていているので手足が火照っていると言うことを知ったときに、そうかやっぱり私の身体は冷えているのかと、実感したのでした。でも、どこが冷えているのだろうか。実は全体だったのです。
寒くてもだめ、暖かくすれば熱い。どうも上手い具合に調整がつかない。自分で調整が付かないと言うのは、辛いものです。
冷え取り健康法を通して陶器の湯たんぽを知ってからは、なかなかいい具合。非常に気持ちよく眠ることがでます。暖かさも調度いいし、冷めにくいのです。陶器がこんなにも具合良く足を暖めてくれるとは思ってもいなかった。
その暖かさは、電気の時のような変な熱さにならず心地よいのです。電気のような乾燥した暖かさではなく、湿気感のある暖かさがいいのでしょうか。今時流行りの、プラスイオン、マイナスイオンの関係だったりして。
絹と綿の靴下を重ねはくことで、身体からでる汗や熱が調整され、夜中に足が変に火照ることもない。寝る前に湯たんぽを腰のあたりに置いておくと、布団に入ったときに心地よい暖かさになっていてる。足が冷たい事もなくなり、ぐっすり眠れます。
そうそう、お風呂から上がってすぐに靴下をはくことも大切です。しかし、いつになったら自家発電で暖かく出来ることか。
相田みつをのこと誤解していました。ここ数年で相田みつをの事は目にしたり、耳にしたりしていましたが、何も知らないのに、いやだったんですね。
テレビの番組で若者が相田のみつをの詩を使っていたのですが、その使い方が変だったんです。だから潜在意識に変なものだとインプットされてしまったのだと思います。妙に嫌で本屋で見ようが、どこかで目にしようが見ようとは思わなかったんです。テレビって怖いですね。
それが、私が会社を辞めると知らせた人からの返事の中に相田みつをの詩が添えられていたんです。たった数行の詩なのに、私の心境を妙に言い当てていました。
なんていいことを書いているのだろう。私は完全に誤解していたのだ。と、もっとこの人の事が知りたくなりました。熱しやすい性格爆発です。
本屋を廻って探しました。いや、探さなくても自然と目に入ってくる場所に有りました。もらった詩を探したのですが、見つかりません。文庫本になっていたので、買ってきました。その本屋のカウンターに相田みつを美術館の割引券が置いてありました。おお、これも何かの縁だ。と当然もらってきました。
読めば読むほど味の有る言葉です。そして、小説で彼の生涯を知りました。あのままテレビを信じていたら私はなにか損をしていたんではないかと思う。
昔、村山暮鳥の詩に出会ったときと同じくらいの感動を受けたのです。何かの出会いというのは、自分で探すより人からの一言で出会うことも多いですね。最近では、金盛浦子を知人から教えてもらいました。人でも本でも出会いの瞬間は有るものです。いいものと出会ったときはなんか幸せな気分になる。
夏の頃に日めくりカレンダーが新横浜の本屋に有ったのですが、こんな物も出しているのかと、ぺらぺらとめくるだけで買いませんでした。しかし、その後買っておけばよかった。といつもの後悔です。
そして、この冬に相田みつをの美術館に行く機会がやっと出来たのです。無職になると有楽町も遠いのです。おばさま達が多いのにはびっくりした。でも、老若男女の人たちがいました。こんなにファンの人が多い人だったのか。と、改めて認識。
色紙、ハンカチ、スタンプ、シール、カレンダーといろいろなグッズがミュージアムには売られていました。私は日めくりカレンダーを二種類とシールを買いました。買っただけでなんか幸せな気分になるのが不思議。
トイレと、私のマックの前にある2つの日めくりは、毎日感心しています。しかし、私が一番最初に感動した詩にはまだ出会っていません。そして、会社を退職するときにそのメールを間違って消し去ったことをしばらくしてから気付きました。私が夢を追いかけると言うのを言い表していた詩だったと思います。いつの日にかあえることでしょう。
元旦の夕方に近所へ散歩に出掛けたらゴミだらけ。商店街や小さなマンションがたくさん軒を並べているので、土地柄なのかも知れないが、ゴミ収集所にはゴミが山のようになっている。モラルってなんなんだろう。常識ってなに。って思う。
今年は曜日の関係でずいぶん早くに年末のゴミ収集が終わってしまった。我が家もその後に片づけが本格的になってきたので、ゴミが沢山出ましたが、今はベランダにたまっています。出すときは何度も往復しないとならない程。年明けの収集日まで丸一週間分のゴミは二人家族でも大変です。
個別のマンションゴミ収集所にはさすがにゴミは出ていないものの、一般の収集所には年末の大掃除をしたと思われるゴミが山のようにで出ている。確かに、一般的な人がお正月休みに入ってすぐにゴミ収集は終わってしまった。そこで私の常識ではゴミは自分の敷地内に置いておき、来年の収集日が始まったら出す。だから、ベランダはゴミ袋だらけ。
しかし、世の多くの人は自分の目の前からゴミが排除できればいいのだろう。誰かが一つゴミを出せば、どんどんとその後に積まれていく。自分の目の前はきれいで、歩道はどんどんとみにくくなっていく。ねこや鳥がゴミをあさる。ここらには頭の黒いネズミも多いので、ゴミは散らかっていく。
道を見ればタバコの吸い殻が無数に落ちている。信号機の所などは凄い。商店街の通路などは吹き溜まりになっていて、ゴミが風に舞っている。コンビニの袋やら、ハンバーガーの袋。いろんな物がゴミとしてゆれている。
普段は店の人たちが掃除をしているのでしょう。誰かが捨てたゴミは誰かが掃除をする。そうやって、縁の下の力持ちがいるから、町は保たれているのだろう。
掃き清められたところで、新しい年を気持ちよく迎えたい。と言う心は無いのだろうか。いや、新しい年は迎える物でなく、やってくるものだから、どうでもいいものなのであろうか。
昔からの言い伝えや、常識がどんどんと変わっていく。いろいろな事に無関心な人たちが増えていく。常識だと思っていものが、常識ではなくなり、大勢の人がやっていく非常識が常識となっていくのであろうか。
かく言う私も歩行者の時は、裏通りや脇道の自動車が来ないであろう信号はほとんど守らない。左右を確認したら、渡ってしまう。車が来ないとわかっている、見えているのに待っているのは時間の無駄だ。と言うのが、私の常識である。
自分勝手な考えでは有るけど、どこまでが許されるモラル違反なのか。許される違反は無いのだろうか。小さなゴミならば道にポイ捨てしていい。家のゴミはゴミ収集所で有ればいつでも捨てていい。それぞれの判断基準が違うのだとは思うけど、その物差しの目盛りの幅がどんどんと変わってきているのだろう。
さすがに子供が待っている信号機ではちゃんと青になるまで一緒に待っている。少しでも模範になる大人にはなりたいとは思っている。まったく持って、自分勝手な奴だと、自分で十分に承知している。しかし、子供にはいいことなのか悪いことなのか判断はまだ出来ないので、ルールは守ることだと教えたい。
実家の近くは、古い人が多く住んでいるので物差しの目盛りが同じなのか、ゴミ収集所にはひとつもゴミが出ていなかった。
物差しなんて言っている私も古いよね。(^_^;)
今年は久しぶりに家にいた元旦でした。毎年毎年、どこかで元旦を迎えるか、どこかへ出掛けていました。今年は少し違う年にしたくて、家にいましたが、雨で明けた年は久しぶりです。毎年いい天気になった元旦でしたが、今年は雨。夕方からは天気が良くなったものの、こんなに寒くて天気のよくない元旦は本当に久しぶりだと思います。だから、今年はなにかいいことが起こるような気がします。
年々お正月らしさが無くなっていきますね。夕方近くに近所へ散歩に行きましたが、歩く人の姿も普通だし、着物の人はほとんどいませんでした。毎年初詣に行く神社が例年になく混んでいたのはなぜでしょう。
店も随分と開いている。新年は店が開かないから買いだめしておかないと食べるものがない。だから、年末に沢山買い込んで、お正月の準備をする。売る方も年内が勝負とばかりに年末大売り出し。沢山売り上げていい正月を迎えよう。と頑張る。
それがある年にダイエーが元旦も営業します。えー、元旦から店を。とやって以来次々と元旦から店を開けるところが多くなって、今では、コンビニは開いているし、スーパーもやっている。当たり前のように店が開いている。働いている人も大変ですよね。暮れも正月も無い人が増えた訳ですよね。
それだから、って訳ではないでしょうか、本当にお正月ってなに?状態になっていますよね。伝統的なお正月ってどこへ行ってしまったのでしょうか。
いや、お正月ってなんだったのかなぁ。三が日はゆっくり過ごす。だから、年末に忙しい思いをして、おせちを作り、新しい年を迎える準備をする。除夜の鐘が鳴り始めたら、氏神様に初詣に行き、元旦はお屠蘇で今年の幸福を願う。そして、家族や親戚が揃って、すごろくに、カルタ、トランプ。1日おせち料理をつまみながらお酒を飲み、家で退屈になってきた子供達は外で羽根突きに凧揚げ。おせち料理の一つ一つにちゃんと意味があるんですよね。無事に一年が過ごせるように。
こんな正月の過ごし方だったかはわかりませんが、少なくても私が子供の頃は羽根突きと凧揚げはしました。そして、親戚巡りをしてお年玉をもらいに行ったものです。書き初めもしました。今は、どんな正月なんでしょう。関西の方が伝統を守ったお正月を過ごしているんでしようね。
それと、新年を迎える。って気持ちが薄らいだような気がします。時間が来れば年は明ける。どうやったって時は止まらない。新しい時は来る。来るのであって、迎えるのでは無いみたいです。
最近は昭和30年代が流行っているそうですが、受け身だけの流行りじゃなくて、本当に世の中に浸透していけば、世の中ももっとゆったりしてきて、今の嫌な世の中から脱皮出来るような気がします。
三が日くらいは新しい年を無事に迎えられたことを喜んで、普段とは違う時間を過ごしてもいいような気がします。しかし、そういう我が家も、今年は久しぶりに家にいたのにおせちらしいおせちはない。わが夫もおせちは嫌いだという。でも、お雑煮は作りました。蒲鉾も食べました。たたきゴボウも食べました。あとは明日実家に行って、本来のおせち料理らしい物を食べてきます。
先日おすもうさんの事を書きましたが、新聞に相撲部屋でも若い力士達はお正月料理を食べなくなったので作らなくなった。と書いてありました。
若い力士はコンビニで売っているような物がいいそうです。おせちや雑煮には箸をつけないそうです。元旦から店は開いてるし、無理に食べさすわけにも行かないと。最近では量も少ないので、部屋で作らず、外に注文しているそうです。それも、洋風和風のおせちを。こんな所でも伝統が消えていくのですね。でも、その女将さんもこれではいけないとは思っているそうです。
やっぱり、伝統が強さと精神を守っていたと言う考えはあながち間違ってはいないような気がする。女将さんに頑張ってもらいたい物です。既製品じゃない、伝統日本の手作りおせちで力士達を力づけられるようになって欲しい物です。
今年はずーっと季節の巡りが早かったせいか、寒くなるのも早かったですね。突然寒くなると寒さが身にしみます。
その寒さもちょっとしたことで、暖かく過ごせるんです。この冬は電力不足も予想されるようですし、地球温暖化の事もある。だから、電気も使わず、二酸化炭素を少しでも出さずに暖かく過ごすためにはどうしたらよいか。
それは、自分の工夫で暖かくするんです。下着一枚で暖房の温度も1、2度低くても全然大丈夫。我が家なんてついに暖房器具を使わない冬になっています。
しかし、その話をするとだいたいの人がそんな歳じゃない。なんていうんですね。歳の問題じゃない。ってわかって欲しいのです。
どんな事を言うかというと、ズボン下を履く事です。私はGパン愛好者でしたが、冬の寒さに負けてここ数年はコーディロイになっています。それでも寒い。人によってはストッキングやタイツをはいてスボンを履く人もいますが、私は足がかゆくなってだめなんです。
で、私は絹のズボン下です。快適です。タンクトップも絹にしました。絹は身体の毒もとってくれるし、自分に付いた汚れも消すそうです。寒いときは暖め、暑いときは熱を取ってくれるそうです。
夏も絹のスボン下は離せなくなりました。汗でべっとりと濡れる感触が無くなって快適です。冷房の冷たさも少しは回避してくれるようです。
冬は絹一枚では寒いので、綿のズボン下を重ねばきしてその上に、毛糸のパンツ見たいのを履いています。靴下は重ねているし、外に出るときはレッグウォーマーです。下半身は重装備です。
ここまですると、上半身は今までの半分以下で大丈夫です。家の中では半袖のTシャツにフリースのベストの場合が多いです。さすがに寒くなってくると長袖にはなりますけど。セーターはここ数年着ていません。下半身が暖かいので快適です。
どこかに出掛けても建物の中や電車の中は暖房で暑いくらいです。寒いからと上にばかり着込んでいくと、本当に暑くて気持ち悪くなってしまいます。今は上は薄着だし、下半身は着込んでも気持ち悪くなることは無いのでいいですよ。寒いと思ったら上に着ずに下にはけですね。上半身は少し寒いくらいがいいのです。
人間の身体は下半身が冷えていて、上半身は暖かくなるように出来ているそうです。だから、下半身を暖めると暖まったものが上半身に運ばれるので、上半身は薄着でも寒くないのです。こうやって、身体の中の流れがよくなると健康にもいいそうです。
夫は以前は非常に寒がりで、冬になるとストーブのそばから離れませんでした。部屋着もフリースの綿入れのような物を着ているのです。それなのに下半身は一枚。熱はしょっちゅう出し、風邪は冬になると何度引くのよぉ。と言いたくなるぐらい引き、鼻は年中かんでいました。ティッシュがいくら有ってもすぐに終わってしまいました。
それがここ二年は、ほとんど風邪も引かないのです。今は咳をしているのですが、一年ぶりの風邪だ。と本人は言っています。これほどまでに、体調が変わるとは私も予想はしていませんでした。スボン下、靴下様々です。
最初にズボン下を履いたらと言ったときは、年寄りじゃない。といいましたが、歳じゃないんですよ。自分の身体を守るためにもズボン下の愛用をお薦めします。
化繊物を着ていると、静電気が起きますよね。静電気は身体のカルシウムを排泄してしまうそうです。せっかく骨粗鬆症になるまいと、カルシウムを摂っても一瞬の静電気で随分と失われると、私がよく行く絹屋の社長が言っていましたが、その後も新聞の文化欄にも書いてありましたので、本当なんでしよう。
光熱費も節約し、二酸化炭素も出さず、健康にもよく、カルシウムも守る。こんなにいいことは無いです。
初場所が近づいて来た。昔は相撲は好きでよく見ていました。でも、最近はみなくなってしまった。そしたら、みんなもみていないようで、満員御礼の札も出なくなったとか。
若貴が大関になるくらいまでがおもしろかったでしょうか。いや、結婚するまでかなぁ。いや、横綱になってもおもしろかったかな。貴乃花が何かにつかれたような顔つきになって、兄弟げんかが発覚して、女将さんも離婚して。なんか、相撲界の厳粛な空気が変わってきたからだろうか。そういえば、高田みずえの事なんて、覚えている人も少ないかも知れない。女将さんになってどうしているいるのだろう。たしか、若島津と結婚したはず。
とにかく、その厳粛と言うかなんとなく相撲界の空気が変わってきてから、どうしてそんなに怪我をするのかな。状態になったのだと思う。昔から、怪我でよく休む力士はいました。でも、ここまで休む力士は多くなかったでしょう。秋場所なんてなんなのこれ。って感じでしたね。このままではまずいよね。相撲界。
外人力士も増えてきて、日本人かと思っていたら、モンゴル人だという。どんどんと外国人力士が増えてくるのよね。そして、頑張っている。
怪我をして長く休場しても引退しないのは、本人の意思なのか、それても引退をさせてもらえないのか。今、貴乃花が引退したら日本人の横綱がいなくなってしまう。日本の国技である相撲が外人に乗っ取られてしまう。と、相撲協会は思っているのだろうか。どうも日本人力士には覇気がないように感じる。
土俵には金が落ちている。といわれているらしい。外人力士は少しでも多くのお金を拾って祖国に送金したい。親にお金を送りたい。親孝行をしたい。と頑張っているのだろう。
そして、怪我が多いのはなぜなんだろう。昔より筋トレにも励んでいるというのに。基本的なところが出来てないのかも知れないですね。食生活にも原因が有るのではと私は思っています。あとは、ハングリー精神かな。日本人はだれでも金持ちになってしまったんだろうか。
オリンピックでもメダルが取れなくなりましたね。そう思っていたら、五輪メダル倍増へ「日本復活プロジェクト」なるものが出来て来年度の予算に27億のお金が投入されると新聞に載っていた。
あほかいな。と思ってしまった。今の企業は苦しくて企業スポーツは衰退している。だから、国が企業スポーツにも援助するというのだ。
私はバレーボールファンですが、伝統のあるチームが会社の斜陽により解散していったり、どこかの企業に買い取られたりして、随分と参加チームの会社名が変わりました。確かに今までも強いチームは会社も強かったのです。お金が有るチームが強かったのでしょう。
しかし、お金の問題も有るかも知れないけど、精神ですよね。小学校では差別になると言うので、運動会でも順位をつけないと言う。高校でさえ、考査をしないというところも有るのだという。試験がないからその学校に行きたいという。勝ち負けや競争をさせると言うことをさけているようです。どうしてでしょうね。競争心を養う教育をしていないのに、勝てるはずが無いと思う。そして運動なんてかったるい。と思っている学生がどれほどいるんでしよう。
確かにビケは嫌かも知れない。でも、それをはねのける精神も必要でしよう。成績順が悪くても、勉強じゃないその子しか出来ないことが有ると思う。平等に順位をつけないのではなく、ビケの子がいじめられるのではなく、いいところを引っぱり出してやる教育は出来ない物なのでしょうか。
と、おすもうさんの話から飛んでしまいましたが、順位もつけない、勝負も危ないからさせない。そんな環境ののちに、勝負の世界で戦えるはずはないと思う。覇気のある人なんていなくなってしまうのだろう。ぬるま湯につかっている今の日本の状態ではいくらお金だけをつぎ込んでもメダルは取れないと思う。根本的な改造が必要なのですね。いや、昔に戻ればいいのかもしれない。